ソムリエ:上手 忍

得意分野はイタリアワイン。世界のワイン文化史にも詳しい。趣味はワイン醸造所や牧場をめぐること。


イタリアの赤ワイン・バルベーラとは

イタリアワイン伝統品種のバルベーラ種ですが、まずイタリアワインの捉えにくい部分を述べたいと思います。
イタリアのワインは2千以上のブドウ品種、長い歴史、複雑な社会様相、その全体像を捉えることは難しい。地域ごとの食文化の違いやワインの栽培方法など、法的な規定では、V.D.T.(テーブルワイン)やI.G.T.(地域表示テーブルワイン)に、最上位のD.O.C.G.(統制保証付きワイン)の品質を飛び越えるような話題性ある高品質ワインなどがある事も難解さを増しております。
包括的かつ一度にイタリアワインを理解しようとすると余計に混乱してしまうことは私も経験しました。今回はバルベーラ種というブドウ品種のワインにスポットを当て、イタリアワインに近づいていきたいと思います。
バルベーラ種はフランスと肩を並べるワイン生産大国のイタリアの中でも栽培数はかなり上位に位置しています。
バルベーラは、イタリア全体で栽培されていますが、主にピエモンテ州とロンバルディア州で重宝されています。他国ではアメリカやアルゼンチンなどでも栽培されています。特にピエモンテ州のアスティ県モンフェラートの地はバルベーラの故郷であり同郷でネッビオーロ種というイタリアワインの王様品種が存在しますが、アスティ県ではバルベーラが断然存在感があります。
バルベーラは丈夫で収穫量も多いため、広くピエモンテ州で栽培されていました。あまりにも丈夫なため、19世紀のフィロキセラ禍でネッビオーロが壊滅した後、莫大な数のバルベーラが植えられました。飢えをしのぐほどの収穫量をもたらし現地のフィロキセラ被害を助けたのと同時に、多大に収獲できるため日常酒の原料として位置づけられた損な役回りを買ってしまったようです。
1970年代までバルベーラはさしたる変化はありませんでしたが、1980年代に小数の生産者が高級ワインの原料としてバルベーラ種に目を付け、フランス産のオークの新樽の導入がはじまりました。「バリック」と呼ばれるこの小樽を使うことでバルベーラにオークに由来するバニラの香りをもたらし、さらに不安定な色素を定着させました。
その後も評価は上がり続け、かつての“庶民のワイン”がその高い品質を賞賛される時代がやってきました。果たしてこの革新的なバルベーラは、本当に良いバルベーラなのか?もちろん飲み手の判断に委ねられるものですが、1980年から1990年代にかけてワインの造り手の中で論争になったのも事実です。革新派の造り手が提唱したのはブドウ栽培の効率を無視してブドウの樹についた房のうち、厳選したものだけを残しあとは捨ててしまいます。そして最新の発酵技術を導入し新しいオークの小樽で熟成をして、ワインを洗練されたものにします。そうして出来上がったものは確実にインターナショナルで飲みやすいバルベーラになりました。しかし同時にバルベーラが本来持っていた個性は失われてしまいました。もちろん技術の革新が悪いわけではありませんが、以前のバルベーラのワインは往々にして違う栽培農家から違うブドウ品種を集めて混ぜ合わせたり、クオリティーの高くないものもありました。そういった悪習を革新派の作り手は断ち切りました。
現在は大樽熟成の伝統的なスタイルも本来のバルベーラ種が持つピュアな味わいとして評価され、若い世代の造り手はバローロやバルバレスコも同様にバルベーラの畑の土自体の改良に努め、質の高いバルベーラは一時の新樽の香りをつけすぎたようなものはなくなりました。バルベーラに限らず良いワインは、伝統と革新が最良の条件で1つに合わさった時に価値あるバルベーラが誕生するようです。

バルベーラのおいしい飲み方

日常のワインとして消費されていたバルベーラ種のワインですが、こだわる生産者の手によって選り抜きの場所で栽培されると、みごとな深みのある味わいと果実味が備わった長命なワインに仕上がります。一言でいえば品質の向上です。収穫量をそぎ落とし果実の凝縮感にも答えるポテンシャルをバルベーラは隠していました。新しい作り方の変化の要因がオーク樽の使用です。
オークの小樽のタンニンの分子がバルベーラのもつアントシアニンを定着させるおかげで結果色調は余計深まり、持続力も増しバルベーラワインは安定して長期熟成にむく高値で遇されるワインと変っていきました。
バルベーラ種は濃い色をしており、香りはサクランボ、ラズベリー、黒スグリなどを思わせます。ゆえに親しみやすいストレートな果実味を持ちタンニンが少なく、同時に酸が強いため濃厚な味のピエモンテ州の郷土料理ととても相性が良いです。
バルベーラは日常のワインだったため、郷土食が強い料理と合わせると食事の空間に精彩を増すでしょう。他にもバルベーラが持つ酸味が地元のハムやサラミの脂分を切るのによいですし、手打ちパスタ一種のタヤリンのミートソースを食べたあとにグラスに入っているバルベーラを飲むとまさに「ブォーノ」と心の中で叫びたくなります。また濃厚な味付けのお肉の煮込みにバルベーラの持つ果実味は相性が抜群です。

バルベーラ種を使用したおすすめワイン

Barbera d'Asti Superiore San Martino Cascina Roera
バルベーラ・ダスティ・スーペリオーレ サン・マルティーノ カッシーナ・ロエラ

産地 : イタリア ピエモンテ州

2002年設立のまだ歴史の浅い作り手で、地元の作り手達が本物のバルベーラが生まれる畑と呼ぶ「サン・マルティーノ」を所有、ワインは濃厚で骨太、酸度は高いが質感の滑らかさと濃厚な果実によって、酸度の高さを感じさせないバランスのあるワインに仕上がっています。
畑はブドウ樹と土壌のバランスをとることを重視しているため、防カビ剤、殺虫剤、除草剤を一切使用していません。

合わせるお料理は、タヤリン(ピエモンテ州の手打ちパスタ)お肉のラグーソースなど、他のパスタでもミートソースなら最高です。

Barbera d'Asti Ai Suma Braida di Giacomo Bologna
バルベーラ・ダスティ アイ・スーマ ブライダ・ディ・ジャコモ・ボローニャ

産地 : イタリア ピエモンテ州

故 ジャコモ ボローニャ氏はオーク樽熟成のバルベーラの仕掛け人で、1980年代初めにフレンチバリックを導入してバルベーラを熟成させました。たった一人でバルベーラ・ダスティの地位を押し上げたばかりか、先例のない高値をもつけました。
バルベーラ・ダスティは線が細い酸のきめが細かくチャーミングな果実感のワインですが、ブライダのバルベーラはしっかりとした凝縮感と緻密な華やかさがあります。ジャコモ・ボローニャ氏はかつてない出来栄えに「アイ・スーマ(ついにやったぞ)」と叫んだことで、これがワイン名となりました。

合わせるお料理は、豪華なバルベーラ、アイ・スーマの凝縮な果実味に合うジビエ料理、特に鹿やイノシシのグリルにチェリーやベリー系のソースがおすすめです。

Barbera d'Alba Bartolo Mascarello
バルベーラ・ダルバ バルトロ・マスカレッロ

産地 : イタリア ピエモンテ州

クラシックなピエモンテ州の生産者を挙げるとすれば真っ先にバルトロ マスカレッロの名が出てくるほどの古典派人物です。しかしカリスマのバルトロ マスカレッロ氏が2004年に亡くなり、彼の後を継いだのは娘のマリアテレーザ女史です。彼女が造るワインは父がこだわり続けた醸造技術である長期のマセラシオンと大樽熟成を守りながら彼女が経験をふまえた上で納得した新しい技術を取り入れています。バルトロ マスカレッロのバルベーラはエチケットも魅力的です。マリアテレーザ女史本人がデザインした美しい絵が貼られています。古典派を知る上で代表的な1本です。

合わせるお料理は、郷土料理色のある素材の持ち味を活かしたお料理やボリートミスト(ピエモンテ州の野菜とお肉の煮込み)などがおすすめです。

Barbera d'Asti Superiore Crôutin Scrimaglio
バルベーラ・ダスティ・スーペリオーレ クルーティン スクリマッリオ

産地 : イタリア ピエモンテ州

スクリマッリオはアスティに拠点がある新しい試みを積極的に行うことで知られている生産者です。他の土地でもバローロやバルバレスコなども造っていますが、アスティはバルベーラが主役です。クルティンの畑は樹齢50年以上バルベーラを集めています。ワインは香りの華やかさが印象的でマロラクティック発酵から捉えられる果実の凝縮感があります。

合わせるお料理は、14ヵ月熟成したクラテッロ(パルマ特産のハム)は芳醇で華やかなバルベーラとの相性が良くおすすめです。

イタリアワインはイタリアの歴史や社会の写し鏡

1980年代以降、バルベーラの性格の移り変わりが世界情勢とリンクしていきました。ワインの味覚の面での世界標準化、バリックで熟成させるという手法が世界のあらゆる所で流行し、行われるようになりました。1980年代から90年以降の世界の経済、社会情勢のグローバル化と並行して行われたのは偶然だったのでしょうか?しかし現代は世界情勢グローバリズムに対する一種の反動でノー・グローバルや地域主義を目指す活動が目立ってきました。食の分野でも細分化が進み、産地に拘る傾向こそはグローバルでは必ずしもなく、むしろローカリズムとも言えるでしょう。
バルベーラのワインはピエモンテ州に根ざしたローカリズムを標榜するようなワインであってほしいと私は思います。バルベーラの発祥と言われるピエモンテ州は「スローフード活動」発祥の地でもあるので、これも偶然ではなく運命だと勝手ながら思っています。
繰り返しになりますが、バルベーラ種は基本的にはタンニンをあまり含まず、酸味の強い色の濃い赤ワインとなります。生命力が強くイタリア全土ではなく、アメリカやアルゼンチン、日本でも世界中で栽培されていますが、突出した出来栄えのバルベーラ種はイタリア北西部ピエモンテ州に限られています。
これはバルベーラ種に限ったわけでなく同地の銘醸ワインのバローロを生み出すネッビオーロ種も同じ傾向にあります。ピエモンテの粘土石灰質な土壌、そして朝夕には霧が立ち込める特異な気候が一致してこの限られた品種の銘醸地として現在に至るわけで、料理もバターやクリームを使う濃厚な味わいは、バルベーラワインと相性はばっちりです。どうぞバルベーラ種のイタリアワインとお料理の至福な時間と味をお楽しみください。


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