日本美
静かなるロビー
静かなるロビー
The Okura Tokyoは、オークラ ヘリテージウイングとオークラ プレステージタワーのそれぞれに、このホテルらしいロビーを設えました。オークラ ヘリテージは空間を床の間に見立て、床や天井には装飾がありません。そして正面の壁を、平安時代の和歌帖「三十六人家集」の料紙をモチーフにした壁画で彩っています。これは本館の「平安の間」の一部、壁面装飾を移設したものです。またオークラ プレステージのロビーは、広く愛された本館のロビーを現代の技術で忠実に再現。どちらのロビーも、本館のロビーを手がけた谷口吉郎を父に持つ建築家、谷口吉生が設計しました。
継承される場所
かつての本館のロビーを設計したのは、20世紀の日本を代表する建築家、谷口吉郎でした。モダニズムの建築手法に則りながら、和の感覚を丁寧に活かす彼の作風は、まさにホテルの理念そのものだったのです。オークラ プレステージタワーのロビーが、彼のつくった空間を再現したことは、創業以来の思想が未来へ継承されていく証といえるでしょう。オリジナルのロビーで特に意図されたのは、静かで落ち着いた雰囲気。梅の花をイメージして丸いテーブルと椅子を配置した、余白の美しい空間が蘇りました。
光と影のデザイン
オークラ プレステージタワーのロビーは、光と陰影のバランスが美しくデザインされています。特に存在感があるのは、天井から吊り下げられたオークラ・ランターン。古墳時代の水晶の装飾玉から発想されたもので、光を包み込む多面体が5つ連結しています。新たにLEDを採用しながら、往時と同じ風情のある光を実現しました。また空間の一面は、大間障子と美術組子により、柔らかい自然光が広がります。以前の本館との違いは、ロビー全体の向きが変わり、南から光を取り入れていること。1日の自然光の変化をふまえ、光の加減がきめ細かく調整されました。
わび、さび、みやび
わび、さび、みやび
ホテルオークラの本館にあった「平安の間」は、日本有数の広大な宴会場で、数々の国際会議や著名人による催しの舞台になってきました。The Okura Tokyoには、その伝統を継ぐ新しい「平安の間」があります。以前の「平安の間」の壁面が国宝の和歌帖「三十六人家集」で彩られたのに対し、こちらは大倉集古館所蔵の国宝「古今和歌集序」の唐紙を壁面装飾のモチーフにしました。その文様を拡大して版をつくり、国産の手漉き和紙に手摺りしたものです。優美な色合いや素材感が、日本美の感性を体現しています。
和を取り入れる
The Okura Tokyoにひそむ日本の美は、誰もがすぐに気づくものばかりではありません。たとえばオークラ プレステージタワーのロビーにある、四弁花をあしらった壁面装飾。人間国宝の富本憲吉が、本館のロビーを設計した谷口吉郎に懇願され、病床にあった最晩年にデザインしたものです。日本固有の蘭をモチーフにした柄はオリジナルと同じ龍村美術織物によるもので、立体的な効果を生むように新たに織りました。また、館内の欄間や照明に用いた麻の葉文様や、シャンデリアの藤の花のモチーフなど、いにしえの美意識は至るところに顔を覗かせます。
都心の茶室
わびさびを尊ぶ心もまた、日本古来のもの。その粋である茶室は、当初、ホテルオークラの本館7階で開業の2年後に完成しました。創業者の雅号から命名された「聴松庵」です。その四畳半席は、裏千家の茶室で重要文化財の又隠の写しであり、数寄屋建築の名匠として名を轟かせた中村外二が施工しました。オークラ ヘリテージウイングでは、日本料理「山里」に隣接して聴松庵を移築。都心に立つビルの中にあるとは思えないほど本格的に設えられた空間は、国内外のゲストが茶道に目覚めるきっかけになるでしょう。
モダンな自然
モダンな自然
オークラのロゴマークは、3枚の銀杏の葉を組み合わせてデザインされています。他にも館内では、銀杏を図案化した文様が何種類も用いられてきました。このアイデアを発想したのは開業当時の社長、野田岩次郎。ホテルの敷地に立っていた銀杏の木を事務所から眺めていて思いついたといいます。また、銀杏と並んで多用されているのが、菱模様のバリエーションです。菱模様は日本では6世紀頃から存在していたとされ、その形状も豊かに発展してきました。5つの菱形を重ねたような五階菱は、大倉家の家紋でもあります。
シルバーウェアの品格
The Okura Tokyoの飲食施設で使われる、500種類に及ぶシルバーウェア。そこにも自然のモチーフが見つかります。たとえばカトラリーの一部には、ホテルオークラが開業した頃の富士山をモチーフとしたシンボルマークと「1962」の刻印。当時のカトラリーが今なお使用されているのです。また大皿の葡萄のレリーフは、日本の職人が高度な技を凝らしました。これらのシルバーウェアは洋白(ニッケルシルバー)に銀メッキを施してマットに仕上げてあり、正しくメンテナンスすることでずっと使い続けられるのです。
四季を愉しむ庭園
The Okura Tokyoには、季節ごとに豊かな緑が目を楽しませる庭園があります。散歩道の起点は、プレステージタワーとヘリテージウイングに囲まれるように佇む、オークラスクエアの水盤です。19mもの敷地の高低差をダイナミックに生かした園内は、石組みで瀑布を表現したエリア、菖蒲や燕子花が群生する湿地、そして歴史的な大銀杏などがあり、1年を通じて移り変わる日本的な風景を堪能できます。また一部の通路には、大倉集古館が所蔵する石碑や灯籠を展示して、芸術的な雰囲気を演出しました。
平安の遊びをイメージ
もともとホテルオークラには、枯山水の屋上庭園「曲水庭」がありました。それは、小川に酒を注いだ盃を流し、参加者が詩歌を詠みながら盃の酒を飲む、平安時代の宮中に縁のある「曲水の宴」をイメージしたものでした。新しい庭園は、この曲水庭をモチーフとして、水の流れを感じさせる場所になっています。枯山水の要素も取り入れており、重さ12トンの庭石をはじめ、風景を演出するさまざまな見どころにあふれています。
オークラらしさ
芸術を愛する
芸術を愛する
毎月25日、オークラ プレステージタワーのロビーでは、国内外のクラシック音楽家による無料コンサートを開催。普段は静かな空間が優雅な音色に包まれます。ロビーコンサートは、開業25周年を記念して1987年に始まりました。また1996年より、新進音楽家を対象とするホテルオークラ音楽賞を創設して、受賞者の記念コンサートも開催しています。ホテルの創業者である大倉喜七郎は、芸術や文化を愛し、その普及に努めた人物。彼の思いが、こうした催しの原点にあります。
芸術を愛する
毎月25日、オークラ プレステージタワーのロビーでは、国内外のクラシック音楽家による無料コンサートを開催。普段は静かな空間が優雅な音色に包まれます。ロビーコンサートは、開業25周年を記念して1987年に始まりました。また1996年より、新進音楽家を対象とするホテルオークラ音楽賞を創設して、受賞者の記念コンサートも開催しています。ホテルの創業者である大倉喜七郎は、芸術や文化を愛し、その普及に努めた人物。彼の思いが、こうした催しの原点にあります。
文化を共有する場
ホテルとは、宿泊や食事をするだけでなく、人々が文化を共有する場所。The Okura Tokyoは、そう考えます。たとえば館内のフィットネス&スパは、1973年に国内のホテルとして初めて設けた会員制ヘルスクラブを原型としたものです。専門トレーナーの個人指導を特徴とし、利用者の総合的な健康を目指してきました。また1982年に始まった囲碁サロンでは、女流棋士が会員に直接指導。古来から貴族社会で好まれた囲碁は、大倉喜七郎が日本棋院を支援した縁があり、オークラが大切にしてきた文化です。この活動も、未来へと続いていきます。
ワインを楽しく学ぶ
The Okura Tokyoのワインアカデミーは、目的やレベルに応じてさまざまなコースがあります。館内レストランの経験豊かなソムリエ陣や各分野の専門家、著名な評論家が講師を務め、独自のカリキュラムでワインの知識を磨いていきます。The Okura Tokyoには、希少なワインはもちろん、管理の行き届いた良好な状態のワインが揃っています。その中から、テーマに最適なワインを厳選して提供します。また、ワインを楽しむうえで大切なのは料理との相性です。毎回、フランス料理、日本料理、中国料理、チーズと共に最高のマリアージュを味わいながら学ぶことができます。
アートとともに
アートとともに
The Okura Tokyoの敷地の一角では、中国古典様式の趣ある建物が目を引きます。1917年まで歴史をさかのぼる現存する日本最古の私立美術館、大倉集古館です。大倉財閥創始者の大倉喜八郎は、日本やアジア諸国の古美術に関する当代有数の収集家でもありました。それらの作品を一般公開する場として財団法人化された大倉集古館は、多くの人々が一流の美術品に触れられる場として、当時としては画期的なものでした。The Okura Tokyoの開業にあたり、当初の位置から6.5m移動するとともに外周を覆っていた収蔵庫が取り払われ、現在の場所にリニューアルオープンしています。
アートとともに
The Okura Tokyoの敷地の一角では、中国古典様式の趣ある建物が目を引きます。1917年まで歴史をさかのぼる現存する日本最古の私立美術館、大倉集古館です。大倉財閥創始者の大倉喜八郎は、日本やアジア諸国の古美術に関する当代有数の収集家でもありました。それらの作品を一般公開する場として財団法人化された大倉集古館は、多くの人々が一流の美術品に触れられる場として、当時としては画期的なものでした。The Okura Tokyoの開業にあたり、当初の位置から6.5m移動するとともに外周を覆っていた収蔵庫が取り払われ、現在の場所にリニューアルオープンしています。
至宝のコレクション
大倉集古館は、「古今和歌集序」はじめ国宝3件、重要文化財13件および重要美術品44件を含む約2500件の美術品を所蔵。大倉喜八郎は、日本や近隣の国々の優れた芸術品が散逸するのを防ぐため、絵画、彫刻、書跡、工芸など多岐にわたる作品を集めました。またホテルオークラ創業者の大倉喜七郎も、日本の近代絵画を寄付したほか、集古館の活動を積極的に支えました。華やかな中も優美さが感じられるような魅力ある作品が多く収蔵されているのが、このミュージアムの特徴です。美術品に対する感性も、ホテルの美意識と通底しているのです。
ホテルという美術館
The Okura Tokyoで目にする貴重なアートは、大倉集古館だけではありません。ホテルオークラの時代から、アートを感じる豊かな空間づくりを進めてきました。特徴的なのは、建築から空間の設えまでをトータルな芸術作品として捉え、壁紙もアートとしての美しさをそなえたものが選ばれています。
シグネチャーメニュー
シグネチャーメニュー
The Okura Tokyoのレストランやバーには、その店を代表するシグネチャーメニューがあります。代々継承されてきたものも多く、日本料理「山里」の「鯛のあら炊き」もそのひとつ。最もおいしいとされる大きさの天然真鯛のかぶとのみを使用するため、時季に合せて産地を変えるなど、食材を見極める確かな眼力が求められるのです。和食の味つけには好みがあるので、これが「山里」の味と決めるのではなく、お客様のご希望に合わせ、時には体調にも配慮して仕上げます。これが開業当時から受け継がれてきたいちばんのこだわりです。
シグネチャーメニュー
The Okura Tokyoのレストランやバーには、その店を代表するシグネチャーメニューがあります。代々継承されてきたものも多く、日本料理「山里」の「鯛のあら炊き」もそのひとつ。最もおいしいとされる大きさの天然真鯛のかぶとのみを使用するため、時季に合せて産地を変えるなど、食材を見極める確かな眼力が求められるのです。和食の味つけには好みがあるので、これが「山里」の味と決めるのではなく、お客様のご希望に合わせ、時には体調にも配慮して仕上げます。これが開業当時から受け継がれてきたいちばんのこだわりです。
鉄板焼の薄切り牛
上質な薄切りのリブロースで、大葉、白髪ネギ、焦がしたニンニクを巻き、さっと焼いたものをタレときめ細やかな大根おろしでいただく。鉄板焼「さざんか」のシグネチャーメニューは「薄切り 特選和牛リブロース 特製タレ焼き」です。お客様の声から生まれたこの料理は、鉄板焼の醍醐味である厚いステーキとは違い、薄切り肉の味を最大限に引き出すように、火加減に心を配って柔らかくジューシーに仕上げます。目の前で食材を調理し、上質な素材の風味を味わう鉄板焼。今や日本料理のひとつになった鉄板焼が普及した背景には、オークラの工夫と努力がありました。
マティーニ
カクテルの王様といわれるマティーニは、開業当時からのメインバーである「オーキッドバー」のシグネチャー。ノイリー・プラットとオレンジビターを配合したオリジナルビターをわずかに加える、ベリードライな一杯です。ミキシンググラスでお酒と氷を合わせる際、水っぽくならないように氷の抵抗を最小限に抑えるステアの技術にも、オークラならではの決まりがあります。
バリエーションが豊富なところも魅力のひとつ。オーキッド(蘭)をイメージし、仕上げたエスプレッソマティーニ、金柑やストロベリーなど旬の果物を使ったフルーツマティーニなど、至極の一杯と出会えます。